少量脱酸の技術(3)
以下に紹介する脱酸法に使用する物質は、炭酸水素マグネシウムの水溶液です。水酸化マグネシウムあるいは炭酸マグネシウムは水にほとんど溶けませんが、炭酸水にはMg(HCO3)2の形である程度溶解します。バロウの二槽式脱酸法等は、炭酸ガスを炭酸カルシウムの懸濁液中に吹き込むための装置が必要ですが、クラブソーダ法は特別な道具や設備をほとんど必要とせず、比較的少量の資料を不定期に処理するのに大変便利な脱酸法といえます。
1.クラブソーダ法による脱酸
この脱酸法は、1966年頃にリチャード・スミスによって紹介されたものです。以下は、1978年にアメリカの資料保存のための定期刊行物である『Abbey Newsletter』7月号に再紹介されたものをもとに、コデックス会でアレンジしました。
【使用する薬品と器具】
・水酸化マグネシウム:一級試薬以上のグレードのもの。(炭酸マグネシウムも使えますが、水酸化マグネシウムの方がより高濃度の溶液ができるという研究結果が報告されている。)
・炭酸水:市販の炭酸水(味や匂いのないもの。500mlのボトルでスクリューキャップのものが、容器をそのまま脱酸溶液の製造に使えて便利。)
・バット:プラスチック、ステンレス、ホウロウ製等のものが良いが、中でもプラスチック製のものが安価で扱いやすく最適です。
・吸取紙:無酸かつリグニンを含まないもの。厚めの濾紙や工業用濾紙が適しています。
・処理ネット:処理を効果的に行うのに便利です。また弱い資料を処理するときに必要となります。ナイロンやポリエステルのネットを利用して自作します。
【脱酸工程】
1)炭酸水は冷蔵庫で十分に冷やしておく。炭酸水100mlに対して約1.5gの水酸化マグネシウムを加えますが、粉末をそのまま入れると炭酸ガスの抜けが激しいため、他の小さな容器であらかじめ少量の炭酸水とよく撹拌してから、静かにボトルに注ぎ込みます。この時できるだけ泡立たないように注意します。水酸化マグネシウムを加えたらキャップをしっかり締めて、静かに揺すってよく混ぜ合わせてから冷蔵庫に戻します。
2)20分おきくらいにボトルを冷蔵庫から取り出して、静かに揺すって沈殿を混ぜてから再び冷蔵庫へ戻す。これを4回くらい繰り返して、冷蔵庫中で未溶解の水酸化マグネシウムを沈殿させます。
3)ボトルを冷蔵庫から取り出して、処理用のバットへ上澄みを静かに注ぎ込みます。この時バットも冷やしておくとよいでしょう。また夏など気温の高い時には、液温の上昇を防ぐため冷やした簡易保冷剤を入れておくと良いでしょう。
4)処理する資料を一枚ずつ完全に溶液に浸るように入れていきます(資料の間に空気が入ると処理が不完全になるので注意)。この時、数枚おきに処理ネットを入れていくと効果的です。
5)ときどき資料を揺すって、新しい溶液が触れるようにし、30分から1時間程度付けておきます(脱酸液が浸透したかどうかは、資料に液が浸透していくときの色の変化から分かります。サイズの強い紙ではかなり時間がかかる場合もあります)。
6)処理が終わったら資料を脱酸溶液から引き上げ、水を切ってからシワが寄らない程度に自然乾燥させた後、濾紙に挟み軽く重石をして完全に乾燥させます。必要ならば途中で濾紙を取り替えると良いでしょう。
2.ソーダサイフォン法
この脱酸液の製法は、基本的にはクラブソーダ法と同じですが、こちらは密閉加圧状態で炭酸水素マグネシウムを生成させます。この方がより高濃度の脱酸液の製造が可能となります。
【使用する薬品と器具】
・水酸化マグネシウム:クラブソーダ法と同じ。
・ソーダサイフォンサイホン:ソーダ水を家庭でつくるための道具で容器部分がガラス製、アルミ製、ステンレス製等のものがあります。ガラス製のものは溶液の状態が見えるという利点はありますが、破損しやすいのでアルミ製かステンレス製のものが良いでしょう。
・バット:クラブソーダ法と同じ。
・吸取紙:クラブソーダ法と同じ。
・処理ネット:クラブソーダ法と同じ。
【脱酸工程】
1)ソーダサイフォンに適量の冷水を入れ、そこへ約12g/lの水酸化マグネシウムを加えて栓をし、良く振って水と混ぜます。
2)ソーダサイフォンの使用法に従って炭酸ガスを吹き込み、容器を良く振って液を撹拌してから冷蔵庫へ保管します。
3)約20分毎に冷蔵庫から取り出して、数分間良く振って再び冷蔵庫へ戻します。これを3回ほど繰り返したら冷蔵庫内に静置して、未溶解の水酸化マグネシウムが沈殿するのを待ち、取り出して静かに処理槽へ注ぎます。
4)以下の工程はクラブソーダ法と同様です。