【作品の概要・組成】
[作者名]:Jean Mathieu(彫版) Jean Honoré Fragonard(原画)
[作品名]:Le Serment D’amour
[制作年]:18世紀後半~19世紀前半
[本紙寸法(mm)]:608(左辺)、610(右辺)、461(上辺)、462(下辺)
[画面寸法(mm)]:547(左辺)、546(右辺)、421(上辺)、421(下辺)
[支持体]:厚いクリーム色の洋紙で網目漉きである。表面の凹凸は少なく吸水性は低い。裏面中央には鉛筆書きが見られる。
[絵具層]:エッチング技法(油性黒インク)により制作され、水彩絵具により手彩色が施されている。インクは水・アルコールに対し不溶である。水彩絵具の青や赤は耐水性が低い。
[額装]:本紙の四辺をガラスの縁に沿って表側に折り込み、その端をガラス面に接着剤で貼り込んでいる。そのまま額縁に収められ、裏板(粗悪な板紙)を釘で留めた後、ガムテープで貼付されている。そのため、折り込まれた端の一部がむき出しの状態であった。
【作品の状態】
主な損傷は額・ガラスの破損によって本紙に生じた裂け・破れや小さな突傷、欠損である。特に左右辺中央付近の裂けが大きく、画面内にまで達している。また、ガラス片が当たったために本紙表面上やインク・水彩絵具などの描画材上に引っ掻き傷を生じさせ、描画材の一部が欠損している箇所も見られる。本紙上には極小ガラス片が残っているのが視認できる。
その他、本紙全体は表・裏面とも塵埃で汚れており、特に裏面の汚れが目立つ。また日焼けや裏板の影響で茶変色・暗色化し、酸性劣化を起こしている。特にガラスに折り込まれていた箇所は、額縁の木材部分に直に接していたために他よりも濃く茶変色しているとともに、酸性劣化の進行のために脆弱化・硬化が生じて、折り癖もきつく残っている。裏面には焦げ茶色の斑点状染みが所々見られる。裏板が額縁内寸より小さく隙間が大きかったために、ガムテープが本紙の右辺中央(裏面)にも一部接している。pHは5.0。
【処置方針】
ガラスの破片が本紙に接着された状態で残っているため、さらに破損が広がる恐れがある。本紙の表面や繊維間の塵埃・汚染物質は画面の美観を損なうとともに、本紙自体の劣化が進行する危険性がある一方で、使用されている水彩絵具は耐水性が低いために、水を使う処置は最小限とする。
①ガラスの除去
②ドライクリーニング:表面上の汚れを柔らかい刷毛、練ゴムなどで除去する。表面上の汚れの除去は、水を使用した洗浄処置の際に汚れが繊維間に入り込むのを防ぐ。
③サクションテーブル上での洗浄:水溶性の汚れ(酸性・汚染物質など)を紙の中から洗い流す。サクションテーブルを使用することで、洗浄を短時間で効果的に行うことができる。
④脱酸:アルカリ化合物で紙中の酸性物質を中和するとともに、紙中にアルカリ性物質を残すことにより将来の酸性劣化を予防する。
⑤繕い:裂け・破れは重なり部分を接着し、裏面から薄い和紙を貼って補強する。欠損部は本紙に合わせた厚みの和紙にて行う。和紙は必要に応じてアクリル絵具にて染色する。
⑥折れ軽減:ガラスに貼り込まれたときの折れぐせを軽減する。
⑦フラットニング:防水透湿性素材で本紙に間接的に湿りを与えて本紙を伸ばした後、吸取紙に挟んでプレスし平坦化させる。
【主な処置内容】
①ガラスに接着した本紙に軽く湿り気を与え、ガラスの破片を除去する。本紙上の細かなガラスの破片を小型の専用掃除機にて除去、さらに粉状になったガラスを練ゴムにて完全に除去した。
②柔らかい刷毛や練ゴムでドライクリーニングを行ない、表面上の埃を除去した。
本紙をガラスから剥がす スポットテスト ドライクリーニング
③エタノールを混ぜた精製水(精製水:エタノール=4:6)にて本紙に湿りを入れた後、サクションテーブル上で精製水にて洗浄を行い、水溶性の紙中の汚れや酸性物質などを洗い流した。酸性化が進行している端の部分は、特に集中して洗浄を行った。
④ガラスに貼り込まれていた箇所の残留接着剤をメチルセルロースで湿りを与えてきれいに除去した。
⑤裏面から炭酸水素マグネシウムにて全体の脱酸・アルカリ化を行った(pH7.0)。
⑥裂けは薄手の和紙(薄美濃)、欠損は本紙に色や厚みを合わせた厚手の和紙にて繕った。
⑦防水透湿性素材で間接的にゆっくりと湿りを入れて伸ばし、吸取紙に挟んで重石をのせて本紙の平坦化を行った。
⑧ガラスによる破損で描画材がなくなった箇所や和紙で繕った箇所の補彩を色鉛筆で行った。
洗浄後の吸取紙の汚れ 本紙の繕い フラットニング
【処置前後の状態】
おもて(処置前) おもて(処置前・斜光) うら(処置前) おもて(処置後) おもて(処置後・斜光) うら(処置後)